日本古代史研究において、宝賀寿男氏は『天皇氏族』で九州王朝説を支持しない立場を明確にしていました。しかし、『神武東征の原像』では、内容が九州王朝説と似通っているとの指摘があります。この違いは研究のアプローチや史料の解釈の違いに由来しています。
九州王朝説と宝賀氏の立場
宝賀氏は『天皇氏族』において、九州王朝説の根拠となる史料や伝承の扱いに慎重であり、あくまで確認可能な史料に基づく立場を取っていました。そのため、明確な支持は示していません。
『神武東征の原像』でのアプローチ
一方、『神武東征の原像』では、神話や伝承をより原像に近づけて検討する研究手法が採られています。この過程で、九州王朝説と重なる部分が生じたため、内容が似通って見えるのです。
史料解釈の違いが影響
両書の違いは、史料の取扱いや解釈の方法によるものです。『天皇氏族』は史料批判を重視し、直接的な史料に基づく論考に徹しているのに対し、『神武東征の原像』は伝承の原像に迫る形で仮説を立てているため、結果的に九州王朝説と類似する描写が出てきます。
まとめ
宝賀寿男氏の二つの著作の違いは、研究目的と史料の解釈方法によるものです。『天皇氏族』では慎重な立場を取る一方、『神武東征の原像』では伝承の原像を探る過程で九州王朝説と似た見解が現れるため、同一視されがちですが、支持の有無は異なることに注意が必要です。


コメント