モンゴル帝国とローマ帝国が同じ時代に存在していたと聞くと、多くの人は驚くかもしれません。ローマ帝国は古代の国家、モンゴル帝国は中世の国家というイメージが強いためです。しかし、どの「ローマ帝国」を指すかによって答えは変わります。本記事では、ローマ帝国の歴史とモンゴル帝国との時代的な重なりについてわかりやすく解説します。
ローマ帝国はいつ成立し、いつ滅亡したのか
一般にローマ帝国の成立は紀元前27年、初代皇帝アウグストゥスの即位とされています。
しかし、ローマ帝国は後に東西に分かれ、西ローマ帝国は476年に滅亡した一方で、東ローマ帝国はその後も存続しました。
つまり、「ローマ帝国は古代に終わった」というのは半分正しく、半分は誤解なのです。
東ローマ帝国とは何か
東ローマ帝国は首都をコンスタンティノープル(現在のイスタンブール)に置いた国家です。
現代ではビザンツ帝国と呼ばれることが多いですが、当時の人々は自らをローマ人と認識しており、正式にはローマ帝国の継続国家でした。
東ローマ帝国は1453年にオスマン帝国によって滅ぼされるまで約1000年間存続しました。
| 国家 | 成立 | 滅亡 |
|---|---|---|
| ローマ帝国 | 紀元前27年 | 395年に東西分裂 |
| 西ローマ帝国 | 395年 | 476年 |
| 東ローマ帝国 | 395年 | 1453年 |
| モンゴル帝国 | 1206年 | 実質的に14世紀後半まで |
モンゴル帝国と東ローマ帝国は実際に同時代だった
モンゴル帝国は1206年にチンギス・ハンによって建国されました。
一方、東ローマ帝国はこの時代にも健在でした。そのため、モンゴル帝国とローマ帝国の一種である東ローマ帝国は確かに同時代に存在していたことになります。
例えば、チンギス・ハンが活躍していた13世紀前半にも、コンスタンティノープルにはローマ皇帝が存在していました。
両帝国は接触したことがあるのか
直接的な大規模戦争はありませんでしたが、モンゴル勢力と東ローマ帝国の間には外交や交易上の接触がありました。
モンゴル帝国の拡大によってユーラシア大陸の広大な地域が結ばれ、東西交流が活発化した時代でもあります。
そのため、両国は互いの存在を認識していたと考えられています。
なぜ多くの人が意外に感じるのか
学校の歴史教育では、古代ローマ帝国とモンゴル帝国が別々の時代として学ばれることが多いためです。
また、「ローマ帝国」と聞くと剣闘士やカエサルの時代を思い浮かべる人が多く、1453年まで続いた東ローマ帝国の存在があまり知られていません。
その結果、「モンゴル帝国とローマ帝国が同時代だった」という事実が意外に感じられるのです。
まとめ
モンゴル帝国とローマ帝国が同時代に存在したという話は本当です。ただし、それは古代のローマ帝国ではなく、その後継国家である東ローマ帝国(ビザンツ帝国)を含めた場合です。東ローマ帝国は1453年まで続いたため、1206年に成立したモンゴル帝国と約250年にわたって時代が重なっていました。歴史を長い視点で見ると、一見無関係に思える国家同士が同時代に存在していたことが少なくありません。


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