中島敦『山月記』の元になった中国唐代の伝奇小説『人虎伝』には、李徴が虎となった理由を論じる場面で、「顔子の不幸、冉有の斯の疾、尼父常て深く之を歎ぜり」という一節が登場します。この箇所について、「冉有ではなく冉伯牛の誤りではないか?」と疑問を持つ人は少なくありません。実際、『論語』では病を得た弟子として有名なのは冉伯牛であり、冉有に関してはそのような逸話が見当たりにくいためです。この記事では、この問題について、中国古典や『論語』の背景も踏まえながら整理していきます。
問題となる「冉有の斯の疾」とは
『人虎伝』の該当箇所では、
「顔子の不幸、冉有の斯の疾、尼父常て深く之を歎ぜり」
と書かれています。
ここでの「尼父」は孔子のことです。
つまり、
- 顔回(顔子)の不幸
- 冉有の病
を孔子が深く嘆いた、という意味になります。
しかし、『論語』を知っている読者ほど、「病で有名なのは冉伯牛では?」と違和感を覚えやすい部分です。
実際、この点は古くから指摘されることがあります。
冉伯牛の病の話は『論語』に存在する
『論語』雍也篇には、冉伯牛が重い病にかかった場面があります。
「亡之、命矣夫!斯人也而有斯疾也!」
孔子は冉伯牛の手を取って、その病を深く嘆きました。
この場面は非常に有名で、後世では冉伯牛の病=重病やハンセン病説として語られることもあります。
そのため、「斯の疾(この病)」という表現を見ると、多くの人は冉伯牛を連想します。
『斯の疾』という語感自体が、冉伯牛エピソードと強く結びついているのです。
では冉有に病の逸話はあるのか
一方で、冉有(冉求)については、『論語』の中で病気を中心に語られる有名な逸話はほとんど見当たりません。
むしろ冉有は、
- 政治能力に優れる
- 季氏に仕える
- 孔子に批判される場面がある
など、「政治・実務」寄りの人物として描かれています。
特に、季氏による軍事行動への協力などを理由に、孔子が強く叱責する場面も有名です。
そのため、「孔子が病を嘆いた弟子」としては、やはり冉伯牛の方が自然に見えます。
誤写・誤伝の可能性はあるのか
古典文学では、写本を重ねる中で文字が変化したり、人物名が混同されることがあります。
特に、
- 冉有(ぜんゆう)
- 冉伯牛(ぜんはくぎゅう)
はどちらも孔子の弟子であり、「冉」の字が共通しています。
そのため、一部研究者や読者の間では、
「本来は冉伯牛だったものが、どこかで冉有に変化したのでは」
という推測がされることがあります。
完全な断定は難しいものの、“冉伯牛誤写説”には一定の説得力があります。
『人虎伝』作者が意図的に書いた可能性もある
ただし、単純な誤写ではなく、作者側が意図的に「冉有」とした可能性を考える見方もあります。
中国古典文学では、引用が完全一致ではなく、やや変形される例もあります。
また、後代の作者が、
- 語感
- リズム
- 教養的引用
として扱っている場合もあります。
そのため、「冉有=単純ミス」と即断せず、「古典引用の揺れ」と考える立場もあります。
なぜこの一節が重要なのか
この引用は、『人虎伝』において「優れた人物でも不幸や病を避けられない」という流れで使われています。
つまり李徴の悲劇を、
- 顔回の短命
- 孔子門下の悲劇
になぞらえているわけです。
そのため、本来なら「孔子が深く嘆いた病の弟子」である冉伯牛の方が文脈には合いやすい、という指摘が出るのです。
ここが、「冉有では不自然」と感じる理由の1つでもあります。
まとめ
『人虎伝』の「冉有の斯の疾」という表現については、『論語』で病を得て孔子に深く嘆かれた冉伯牛との混同ではないか、という指摘が古くからあります。
実際、冉伯牛には有名な病の逸話がありますが、冉有にはそのような代表的エピソードはあまり見当たりません。
そのため、「冉伯牛誤写説」には一定の説得力があります。
ただし、古典文学では引用の揺れや後代の改変もあるため、単純なミスと断定するのは難しい面もあります。
こうした細かな違和感を考察すること自体が、中国古典文学や『人虎伝』を深く読む面白さの1つと言えるかもしれません。


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