独ソ不可侵条約(モロトフ=リッベントロップ協定、1939年8月23日調印)は、ナチス・ドイツとソ連の間で締結された相互不侵条約です。この条約に関して、辻政信氏の著書『ノモンハン秘史』の前書きで福井という人物が、『ノモンハンの停戦を負けているソ連がドイツに依頼したくて調印した』と記述していますが、史実的にどこまで正しいのでしょうか。
ノモンハン事件と独ソ関係
ノモンハン事件(1939年)は日本とソ連・モンゴルの国境紛争であり、ソ連は日本軍との戦闘で優勢を維持しました。この時期、ソ連は日本との長期的な戦争を避け、東部の安定を求めていました。
独ソ不可侵条約は、ソ連がドイツと戦争を回避し、西方に備える目的で締結されたものであり、ノモンハン停戦との直接的な因果関係を示す史料は限定的です。
条約調印の目的
条約の主要な目的は、東西両面での安全保障確保でした。ソ連にとってはドイツの脅威を回避し、ポーランド東部やバルト三国を勢力圏に置く戦略的利益が主眼でした。ノモンハンでの停戦は、ソ連にとっては偶然のタイミングで条約に先行しましたが、条約調印そのものがノモンハンの停戦を直接誘発したとは言えません。
福井氏の指摘の解釈
福井氏の主張は、ソ連が日本との戦闘で有利を得た後、戦線安定のためにドイツと条約を結ぶ必要があったという見解と解釈できます。しかし、歴史的証拠に基づくと、独ソ不可侵条約はノモンハン停戦に依存したものではなく、ヨーロッパ情勢とソ連の戦略的判断によるものであることが一般的な見解です。
まとめ
結論として、福井氏の表現は文献上の解釈の一つに過ぎず、独ソ不可侵条約がノモンハン停戦のためにソ連がドイツに依頼して調印したという直接的事実は確認できません。条約の主目的は、ソ連が西方の安全を確保するためであり、ノモンハンはその時期の背景要素として偶然重なった可能性が高いといえます。


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