歴史上の軍事クーデターでは、しばしば大佐や少佐などの比較的若い将校が権力を掌握しています。エジプトのガマール・アブドゥル=ナセルやリビアのムアンマル・カダフィもその代表例です。しかし、彼らはクーデター当時、軍の最高幹部ではありませんでした。では、政権奪取後に上級将校たちはどうなったのでしょうか。本記事では軍事クーデター後の権力掌握の仕組みとともに解説します。
下級将校でもクーデターを成功させられる理由
軍事クーデターで重要なのは、軍全体を指揮できる地位にあることではなく、首都や通信施設、放送局、王宮や大統領府などの重要拠点を素早く制圧することです。
ナセル率いる「自由将校団」やカダフィ率いる「自由将校運動」は、少数の将校グループでしたが、軍内部の不満や政治的混乱を利用して主要施設を掌握しました。
クーデターは必ずしも大軍同士の戦争ではなく、権力中枢を誰が先に押さえるかの勝負である場合が多いのです。
ナセルは上級将校をどのように扱ったのか
1952年のエジプト革命では、ナセルら自由将校団が国王ファールークを退位に追い込みました。
革命直後は軍内の安定を優先し、すぐに全ての上級将校を排除したわけではありません。しかし、政権基盤を固める過程で反対勢力となり得る将官を退役させたり、影響力の少ない職務へ異動させたりしました。
また、革命評議会を設置して軍と政府の実権を掌握し、軍上層部が独自に行動できない体制を構築しました。
カダフィは徹底した軍の再編を行った
1969年にリビアでクーデターを成功させたカダフィは当時20代の若い大尉でした。
彼は王制を倒した後、革命指導評議会を設置し、自らに忠実な将校を要職に配置しました。
さらに軍が再びクーデターを起こさないように、複数の治安機関や親衛部隊を設置して軍事力を分散させました。
これは中東やアフリカの軍事政権でよく見られる手法で、正規軍だけに権力を集中させないことで反乱を防ぐ狙いがありました。
反対する将軍たちはどうなったのか
軍事クーデター後に最も警戒されるのは、影響力を持つ上級将校による反撃です。
そのため、多くの革命政権では次のような対応が行われます。
| 手法 | 内容 |
|---|---|
| 退役 | 影響力のある将官を軍から離す |
| 異動 | 重要性の低い部署へ配置転換する |
| 昇進停止 | 権力基盤の拡大を防ぐ |
| 監視 | 情報機関による監視を行う |
| 逮捕・追放 | 反乱の兆候がある場合に実施される |
国や時代によって程度は異なりますが、クーデター成功後は軍内部の再編がほぼ必ず行われます。
指揮経験不足の問題はどう克服したのか
ナセルやカダフィは若い将校でしたが、必ずしも自分一人で軍全体を指揮していたわけではありません。
実際には経験豊富な将校や官僚、技術者を活用しながら統治機構を整備していきました。
また、軍事作戦の指揮よりも政治的なリーダーシップや権力調整能力が重要となるため、必ずしも大軍の実戦指揮経験が不可欠だったわけではありません。
まとめ
ナセルやカダフィは下級将校の立場からクーデターを成功させましたが、その後は上級将校を退役・異動・監視するなどして軍内部を再編し、反対勢力を抑え込みました。
また、自らに忠実な人物を要職へ配置し、軍や治安機関を再構築することで政権を安定させました。軍事クーデター後の最大の課題は戦闘ではなく、いかに軍内部の権力バランスを管理するかにあるといえるでしょう。


コメント