魏志倭人伝や魏略に記された古代中国の文献を読むと、当時の人物が陸行に用いた履物について興味が湧きます。特に「鞋(鞵)」や「靴」といった漢字の使い分けから、履物の形状や素材に関する情報が得られます。
古代中国の履物の種類
後漢・魏晋時代、中国では履物は主に布や革で作られていました。鞋は先のとがった布製や革製の短ぐつを指し、靴は長ぐつに相当しました。陸行に適した履物としては、歩きやすさと耐久性が重視されていました。
兵馬俑の調査でも、底に幾何学模様をつけた靴が再現されており、滑り止めや耐久性の工夫が見られます[参照]。
履物の底の素材と加工
布を何重にも重ね、麻糸で縫い合わせた上で澱粉糊をしみ込ませる方法が記録されています。この加工により布底は硬化し、歩行に耐えられるようになりました。しかし澱粉糊だけでは長期使用に耐えないため、さらに革を併用したり、厚めに加工することで耐久性を高めていたと考えられます。
古代の兵士や旅行者は、泥や水に対応するために、布底に革補強や粘土加工を施すなどの工夫も行っていました。
長距離移動に適した工夫
魏志倭人伝にある「東南陸行五百里」の記述から、長距離移動に耐える履物が不可欠だったことがわかります。靴底に厚みや模様を付けることで、滑りや摩耗を防ぎ、足への負担を軽減していました。
また、布や革の組み合わせは軽量化にも寄与し、長時間の歩行に耐えるための重要な要素でした。
まとめ
後漢・魏晋時代の履物は、布や革を組み合わせ、澱粉糊や補強を施すことで陸行に耐える設計がされていました。文献の「鞋」と「靴」の区別や兵馬俑の復元例からも、古代中国人は歩行の快適さと耐久性を重視して靴を作っていたことが理解できます。単純な澱粉糊だけではなく、革補強や厚みの工夫により、長距離移動でも使える履物が整えられていたのです。


コメント